増支部経典: 一集・二集・三集
ฉบับแปลญี่ปุ่น · Volume 20 · Page 93
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どんなものが装飾された話ではなく探求的な問いかけで教育された集まりなのですか。 詩人によって作られたきらびやかな言葉や語句による詩、外部者によって作られた話、弟子たちによって話された話が暗唱される時、托鉢僧侶たちは聞きたがりません。彼らは注意を払わず、理解しようと心を傾けず、それらの教えは学んで覚える価値があると思いません。 しかし、悟った方によって話された深くて奥があり、卓越していて、空虚にまつわる説教が暗唱される時に托鉢僧侶たちは聞きたがります。彼らは注意を払い、理解しようと心を傾け、それらの教えは学んで覚える価値があると思います。 そしてこれらの教えを学んだ時に互いに質問したり調べます。 『なぜこう言うのか。どういう意味なのか。』と。 だから彼らは不明確な点を明確にして、不明瞭な点を明瞭にして、多くの疑わしい点をなくします。 これが装飾された話ではなく探求的な問いかけで教育された集まりと呼ばれます。 これらが二つの集まりです。 これら二つで良いほうの集まりは修飾された話ではなく探求的な問いかけで教育された集まりです。」 48 「托鉢僧侶たちよ、これら二つの集まりがあります。 どの二つでしょうか。 真の教えでなく物品に価値をおく集まりと、物品でなく真の教えに価値をおく集まりです。 どんなものが真の教えでなく物品に価値をおく集まりですか。 托鉢僧侶たちが白色の服を着た在家達の前で互いに褒め合う集まりです。 『この托鉢僧侶は両方の面で解放されています。この托鉢僧侶は智慧によって解放されています。この托鉢僧侶は自分自身で証明しました。この托鉢僧侶はものの見かたを獲得しました。この托鉢僧侶は信頼によって解放されています。この托鉢僧侶は道徳的で品性が善いです。この托鉢僧侶は不道徳的で品性が悪いです。』と。 このようにして彼らは物品を得ます。 物品を得ると、彼らはそれらにつながれ、夢中になり、執着心がわき、不利な点に盲目で、逃れる方法を知らずに使います。 これが真の教えでなく物品に価値をおく集まりと呼ばれます。

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